今年の画伯たち
昨年はアグスティンもやったインパクト・アート。今年はフアニ、サンティアゴ・ソラーリ、クンのほか、テニスやバスケのアルゼンチン有名選手が作成中。もう少しすれば、昨年同様画像の上でクリック、で作成風景も見られます。(たぶん)
来月オークションがありますよー。800米ドルくらいからです。どないだ?
追記
移籍のことを聞かれている映像はこちら。
「どうなるかはまだ分からないよ。パリにいることになるかもしれないし、南アフリカに行くかもしれない。そうできるといいけど。ナタール・シャークス、ウェスタン・プロヴィンス、ニュージーランドのオークランドブルーズから話が来ているからその中で考えている」
「どういわれてもいいよ。僕としては南アフリカ、スーパー14へ行くつもり。以前からそうしたかったけど契約の問題で叶わなかった。でもやっと自由になれそうだからもう一つの夢を叶えられるんじゃないかと思う」
「(ヨーロッパと比較して南アフリカは)上だと思う。試合の密度はかなり濃いよ。だからこそ、もしプレイする機会を得られれば、十分な準備が必要だ。進歩するためのチャレンジを要するところに何よりも惹かれるんだ」
是非行ってください!
売られたんじゃないじゃ
エルナンデスの移籍のことをちょっと前に書いた。
アルヘン”いつもの”メディアの多くが、フランスのメディアによると・・・ってな調子で、〜らしいと書いていたり、断言したりしていたのだけど、本当にそうなら絶対に載っているはずのWebでまだ記事が出てなかったり、つきさんところでそう単純な話でもないと知り、そうなのかぁと思っていたらば、また別の展開になっているようだわ。
Prematch。
もうほんとうのところなんか分からんし、もうちょっと待っておればはっきりするんだろうからいいんだけど、いつもあまり行かないPrematch。普段はあまり目を引かない記事が多いのに、時々突然すっぱ抜く。PradARの時もそうだった。うーむ。
で、いうことにゃ・・・
南アフリカからの最新ニュースによると、フアン・マルティン・エルナンデスはまだシャークスと契約を交わしておらず、さらに同国の有力チームのひとつであるウェスタン・プロヴィンスがエルナンデス争奪戦に加わった。
”すでにシャークスと契約をすませたといわれているが、まさに時期尚早というもので、根も葉もない話だ。フアンはダーバンに行きたいかもしれないしケープタウンかもしれない。まだどんな話も聞こうと思っている。彼は南半球、南アフリカの強豪チームで戦ってみたいと思っているのだから。話し合いは続けられているよ”
この件を担当するエージェントは言う。
シャークスはミシャラクの負傷を受け、エルナンデスに白羽の矢を立てた。そのミシャラクは数ヶ月前にフランスへ帰国し、またフランソワ・ステインはカリーカップの終了を待ってラシン・メトロへ移籍することになっている。
しかしウェスタン・プロヴィンスがフアニをめぐる強敵として、ぎりぎりのタイミングで表れた。同クラブの有力選手のひとりであるピーター・グラントがステインとともにフランスへ行ってしまうからだ。
”エルナンデスは最終決定の前にオファーの内容を検討しているところだろう。契約金額にこだわることなく”
エージェントたちは言う。
”エルナンデスはとても控えめな性格だ。南アフリカの同僚たちより多額のサラリーをもらおうなんて思ってない。彼にはフランスの二つのクラブからかなり高額なオファーがあったのだが、南アフリカに来ることを選んだ。カリーカップやスーパー・ラグビーで自分自身を試したくてしょうがないんだ。彼の決断はつまるところどんな日常生活になるかとどういうプレイができそうかというところによるだろうね。契約金額はその後だ”
移籍でモメモメ話はヤなので、早いところさっくり決まって、エルナンデスには新天地で活躍していただき、SANZARの皆様には、「あれ?アルゼンチンいいかも。トライネーションズ入れとく?」と思っていただきたい。
そういう作戦。(笑) >誰の?
アルヘン”いつもの”メディアの多くが、フランスのメディアによると・・・ってな調子で、〜らしいと書いていたり、断言したりしていたのだけど、本当にそうなら絶対に載っているはずのWebでまだ記事が出てなかったり、つきさんところでそう単純な話でもないと知り、そうなのかぁと思っていたらば、また別の展開になっているようだわ。
Prematch。
もうほんとうのところなんか分からんし、もうちょっと待っておればはっきりするんだろうからいいんだけど、いつもあまり行かないPrematch。普段はあまり目を引かない記事が多いのに、時々突然すっぱ抜く。PradARの時もそうだった。うーむ。
で、いうことにゃ・・・
南アフリカからの最新ニュースによると、フアン・マルティン・エルナンデスはまだシャークスと契約を交わしておらず、さらに同国の有力チームのひとつであるウェスタン・プロヴィンスがエルナンデス争奪戦に加わった。
”すでにシャークスと契約をすませたといわれているが、まさに時期尚早というもので、根も葉もない話だ。フアンはダーバンに行きたいかもしれないしケープタウンかもしれない。まだどんな話も聞こうと思っている。彼は南半球、南アフリカの強豪チームで戦ってみたいと思っているのだから。話し合いは続けられているよ”
この件を担当するエージェントは言う。
シャークスはミシャラクの負傷を受け、エルナンデスに白羽の矢を立てた。そのミシャラクは数ヶ月前にフランスへ帰国し、またフランソワ・ステインはカリーカップの終了を待ってラシン・メトロへ移籍することになっている。
しかしウェスタン・プロヴィンスがフアニをめぐる強敵として、ぎりぎりのタイミングで表れた。同クラブの有力選手のひとりであるピーター・グラントがステインとともにフランスへ行ってしまうからだ。
”エルナンデスは最終決定の前にオファーの内容を検討しているところだろう。契約金額にこだわることなく”
エージェントたちは言う。
”エルナンデスはとても控えめな性格だ。南アフリカの同僚たちより多額のサラリーをもらおうなんて思ってない。彼にはフランスの二つのクラブからかなり高額なオファーがあったのだが、南アフリカに来ることを選んだ。カリーカップやスーパー・ラグビーで自分自身を試したくてしょうがないんだ。彼の決断はつまるところどんな日常生活になるかとどういうプレイができそうかというところによるだろうね。契約金額はその後だ”
移籍でモメモメ話はヤなので、早いところさっくり決まって、エルナンデスには新天地で活躍していただき、SANZARの皆様には、「あれ?アルゼンチンいいかも。トライネーションズ入れとく?」と思っていただきたい。
そういう作戦。(笑) >誰の?
いよいよ?
ラヌースのボッシオさんが、メキシコで一部リーグ上場したばかりのケレタロというクラブに行ってしまう。そう来たか。ここでもカピタンがよそ行っちゃうんだな・・・。
責める気なんてな〜いよー。ただずっとラヌースにいるんだと思っていただけ。
カランタ、チャンスだ。
責める気なんてな〜いよー。ただずっとラヌースにいるんだと思っていただけ。
カランタ、チャンスだ。
あーらら
元豚インフルのグリーペ・ア。ブエノスアイレス州と市に非常事態宣言が出されたり、学校も普通より早く冬休みに入ったりってな状態で、結局URBA(ブエノス・アイレス・ラグビー・ユニオン)も今月20まではすべてのアクティビティを停止することを決定し、つまるところTOP14の開始ものびのびとなりました。プレゼンテーションしたばかりだったっちゅーに。
残念は残念だけど、早いところ収束することを願うばかりです。
フットボールはどーすんだろ。後1試合だから、とりあえずやっちゃうみたいですけどさ。
残念は残念だけど、早いところ収束することを願うばかりです。
フットボールはどーすんだろ。後1試合だから、とりあえずやっちゃうみたいですけどさ。
そ、それは、また・・・
もうなんでもいいから補強だっ補強。猫でも杓子でも買って来い状態(言いすぎかな?)のリーベル・プレイトは、あ、アルゼンチンのリーベルですけどね、フランチェスコリ経由でセレステのカピタン、ディエゴ・”星の王子様”・ルガーノにまでちょっかいかけているらしい。
カピタンってば、まだフェネルバフチェにいると思うのだけど、Oleはフェネルバフチェの元選手とか書いちゃってるし、どうするんだそれ。ほんとに来ちゃったら、どうすればいいんだろう。
アワワ、とか舌かんだりしながら、ちょっとほくそ笑む自分。
でもさ、デフェンスの選手って、あんまり映らないよね。味方が強い時のキーパーほどじゃないにせよ。
あ、線が引ける。知らなかった・・・。
カピタンってば、まだフェネルバフチェにいると思うのだけど、Oleはフェネルバフチェの元選手とか書いちゃってるし、どうするんだそれ。ほんとに来ちゃったら、どうすればいいんだろう。
アワワ、とか舌かんだりしながら、ちょっとほくそ笑む自分。
でもさ、デフェンスの選手って、あんまり映らないよね。味方が強い時のキーパーほどじゃないにせよ。
あ、線が引ける。知らなかった・・・。
おこしです
アルフィオ・”ココ”・バシーレ監督、ほんとにボカにお戻りです。
でも、なんだかなー、ずいぶんガタガタしているみたいで、もう後1試合だけだしたぶん2部落ちはないと思うので、今シーズンはもう知りません。
バシーレ監督の復帰を喜んでいたパトまで、実は監督が新しいGKを必要としていると知って、ぐだぐだ言ったりしているみたいで、どーすんだべ。
まあ、様子を見てみることにしませう。
でも、なんだかなー、ずいぶんガタガタしているみたいで、もう後1試合だけだしたぶん2部落ちはないと思うので、今シーズンはもう知りません。
バシーレ監督の復帰を喜んでいたパトまで、実は監督が新しいGKを必要としていると知って、ぐだぐだ言ったりしているみたいで、どーすんだべ。
まあ、様子を見てみることにしませう。
行ってしまった
ルチョゴンが本当にフランスへ行ってしまった。
カピタンなのにー。カピタンは移籍しないと思ってた。(それは思い込みだろう・・・) (泣)
フチーレ、ショックだろな。かわいがってもらってたんだろうなって気がするもん。
・・・、でもいいか、セボージャいるし。
カピタンなのにー。カピタンは移籍しないと思ってた。(それは思い込みだろう・・・) (泣)
フチーレ、ショックだろな。かわいがってもらってたんだろうなって気がするもん。
・・・、でもいいか、セボージャいるし。
来た
ディエゴ・ミリートが来た。うれしいです。ちょっとインテル遠くなっていたけど、また試合観るのが楽しみになった。
URBA TOP14 2009
今週の土曜日から開催です。

トロフィーの前のおやじ(URBAの会長)がうざいので(笑)、あまりURBAのことばかりやりたくないが、どうもやっぱりインテリオールは遠いのだ。フェッシア、がんばってトレーニングしてちょーだいねー。11月に会おうねー。
ちなみに、プーマスやアグスティンで騒いでいる間に、コパ・ブエノスアイレスというトーナメントがあって、最後の方ではチャーチルカップやプーマスに来ていた選手たちも自分たちのクラブに戻って参戦していたようですが、完全にスルーします。記事を読みさえしませんでした。
Top14のフィクスチャーはこちら。

トロフィーの前のおやじ(URBAの会長)がうざいので(笑)、あまりURBAのことばかりやりたくないが、どうもやっぱりインテリオールは遠いのだ。フェッシア、がんばってトレーニングしてちょーだいねー。11月に会おうねー。
ちなみに、プーマスやアグスティンで騒いでいる間に、コパ・ブエノスアイレスというトーナメントがあって、最後の方ではチャーチルカップやプーマスに来ていた選手たちも自分たちのクラブに戻って参戦していたようですが、完全にスルーします。記事を読みさえしませんでした。
Top14のフィクスチャーはこちら。
Oleのインタの続き

マラドンが運んできたこれまでに着たカミセタ。
Los Pumas ('99W杯), CASI('94-'97, Richmond ('97-'99), Stad Francais (2003-2007), los Pumas (2007W杯), Barbarian (97-2003), World XV ('98), Racing-Metro (2007-2008)
・・・続き
フラストレーションがたまるようなこともあったね。95年のW杯でプレイできなかったこととか。
「スポーツ選手の人生って、ピンチの時にどうあるかが大事なんじゃないかと僕は思う。危機的な状況を苦難と捉え、一か八かの決断を下す。一番ラクなのは負けを認めること。そうなったのは自分のせいじゃないと。つまり、プレイしないなら同行すると言い張る必要はない。95年W杯の僕のように。そこへ到達することができた絶対的な理由は、ボールを上手くパスできたかどうかとか才能があるかとかってこと以上に、向上するための地道な努力を続けることなんだ。そして、試練に立ち向かわなければならない時は必要な助けが得られること。95年、僕にとって父がそうであったように。そうやって僕らは成長していけるんだ。でも、その後、いつも僕のそばにいてくれた父が、99年W杯を祝う場にはもういなかった。そんなわけで、人にとって最も喜ぶべきは誰かと何かを共有できることだと気付いた。カラファテに行って氷河を見たとする。一人で楽しむよりは誰かに行って観ておいでよと言いたくなる。そういう時にそれを伝える相手はもういない。すべて彼のためだったのだけど。僕がラグビーをやっていたのは80%までは父のためだった。このスポーツは、僕の娘たちや家族はともかくとしても、今の僕が持つすべてを与えてくれた。教育も、成功や失敗を受け入れることも。こういうことはすでにいろんな場面で貴重なことになってしまったけど」
例えば?
「悪意に満ち、他人を批判をすることなんて理解できないよね。僕の父はひどくがっかりしていたことがある。ティト・フェルナンデス(昔ロス・プーマスで2列と監督をした人。サンティのお父さん)が来賓席から僕を打ちのめすような批判をしたことがあるからだ。彼には理解できなかった。ある日、ティトを掴まえ問い正した。もし誰かがサンティにひどい言葉を浴びせたら、心が痛まないか、と。そうされて初めて理解するんだ。ティトに腹を立てたりはしてないよ。仲良くしてる。だけど、僕らはそんなんじゃだめなんだ。スポーツに関わっている以上は」
だけど君が始めてしまった・・・
「アレは問題だったね」
された方はそういうことに慣れていなかったみたいだけど。
「ずいぶん長くゲーム外のことにも関わってきた。昔から変わらないことに。何かしようとしてもそうさせてもらえないのがなぜなのか分からなかった。それは変えられないことなんだって今では分かるけどね。
でも95年のW杯や99年の遠征の時には理解ができなかったよ。僕は好調だったのにそうじゃないと思われていたんだ。僕はあの二人(その遠征時の監督とマネージャー)によって不調だということになっていた。組合の政治的な理由、プロフェッショナリズム、アマチュアリズムのことが原因だ。僕はプロ派とみなされて、彼らはイデオロギーの面から僕が何かを変えられるかもと考えていた。
それでは権力を振りかざして独裁的に物事を動かしてきた−アルゼンチンのラグビー界が長くそうであったように−人々にとって都合が悪い。だから間髪置かず、はずすことにした。僕は選手たちの中の鬼っ子で、ドミンゲス(UARの前広報エージェント)の仲間・・・。
だけど、そういうことからいろいろ学ばせてもらったよ。不愉快だったこと、苦しんだこと、楽しかったこと、すべてから。どうしてそういうことになったのかは分からない。そういう運命だったのかもしれないし、望まれたのか、もしくはそれが僕の救いだったのかも。それが神によるものであろうとなんであれ」
友人代表
一度は海外の有名ラグビー選手を招待して、ベレスのカンチャで大々的にやろうと思っていた引退試合。でも、アグスティンとしては、すでにラグビーから遠ざかっているCASI時代の友人たちなしでこの機会を迎えるなんてあり得ない話であり、結果として希望通りCASIのカンチャで、子供の頃からの仲間たちとプーマスとしてともに戦った選手たち、弟(アグスティンにそっくり)と兄、いとこ、おじさんを交え、3000人(4000人という話もあるが、差が開きすぎであろう)の観客とともに楽しく過ごした一日でした。
フィールドへ入場したアグスティン。友人たちが作る列の先には二人の娘が待っていたりして、まったくもー、な演出ではありますが、娘たちにハグされ試合前から涙するのでありました。フランスW杯で南アフリカに敗れた時も娘を抱きかかえて号泣していたアグスティン。悲しい時ばかりでないとはいえ、この娘たちほど父が涙する姿を目にする子供は世界広しといえども、そうはいまい。
プーマスからはいろんな人が参加していました。ゴンサロ・ロンゴさん、マルティン・ドゥランはもちろんのこと、フェルナンデス・ロッベ兄弟、レデズマ兄弟、トデスチーニ。
「ラグビーをしていてよかったなと思うのは、アグスティン・ピチョットと知り合いになれたこと」と、かっこよすぎるコメントをするロロさん。アグスティンとの最も心に残る想い出は、フランスW杯で南アフリカに敗れた時のこと。彼の抱擁に互いへの思いやりを強く感じたし、そういうところがアグスティンのアグスティンらしさと語るエルナンデス。もちろんレギ。ゴンサロ・ティエシは休暇の予定を変更して、この日をアグスティンと過ごし、アグスティンは「マヌエル(コンテポーミ)がそうしてくれるというなら分かるけど、ティエシとは特別親しいというわけではないからうれしいし、驚いた」とか言っちゃってます。アグスティンがこれまでの試合ごとにカピタンとして選手たちにかける言葉、”檄を飛ばす”というのが適しているのだろうけど、によく鳥肌が立ったというパト・アルバセテももちろんいましたが、脚を痛めているのでただ観戦。マヌエルはもちろんプレイしましたが、フェリペはもちろんリハビリ中につき観戦。でもESPNへ一筆寄せてます。
父の背中・・・
歴史上最も優れたアルゼンチン人プレイヤーが、シューズを脱ぐ。”引退”という言葉は使いたくない。なぜなら、幸運にも彼はいつもそこにいるし、彼の偉大さはフィールドの中でなし得たことだけでなく、その外側で行ったこと、そしてこれからも続けられるであろうことに見いだせるから。彼がラグビーから遠ざかることなんてないだろうし、これまでとは違うところから活躍を見せてくれるに違いない。
それでも、彼がプレイするところをもう見ることができないという事実を悲しく思う。ただ、穏やかにこれを受け止めることはできる。アルゼンチンのラグビーは間違いなく彼次第なのだ。選手として常に偉大な存在であった人物が、シューズを脇へ置いた後も変わりなくこのスポーツとつながりを持つ、−彼の場合はUARとIRBと深く関わりあっている−ことは非常に価値あることだと思う。
願わくば、彼の名と功績を無にすることなく、ロス・プーマスができる限り早い段階でトップレベルの大会で定位置を確保できればと思う。彼自身がそれを最も願い、達成されるまでやむことなく前進することは疑う余地もない。誰の目にも触れないところで、アグスティンは非常に多くのことを成し遂げた。陽の目を見ないこともあったが、それでも投げ出すことはなかった。我々にとってそういう存在は、去ってしまう。
アグスティンは若い頃から戦い続けていた。彼のキャリアは見てのとおり、特に付け加えることもない。A代表でプレイできなかったという不利な状況にも関わらず、いつも自分自身を信じてきた。そして、世界でも有数のメディオ・スクラムとなる。彼と後数名の選手たちはロス・プーマスの特に重要な原動力となった。
歴史上なし得ただけでなくある哲学も記憶に残る。それがアルゼンチン代表とそのラグビー・プレイヤーたちを世界で名の知られる存在にした。それはアグスティンが僕らへ残してくれたものの中で何よりも大きなこと。いつも僕らのインスピレーションとなり、これからもそうあり続けるだろう。彼が短パン姿で僕らの横に立つことはもうないけれど、何も変わりはしないと思う。彼はそこに存在し続け、どこへも行きはしない。これからは別の場所から戦うのだろう。我々はいつまでもいつまでも彼に感謝する。彼が僕らに授けてくれたものとこれからそういう存在であることに。
フィールドへ入場したアグスティン。友人たちが作る列の先には二人の娘が待っていたりして、まったくもー、な演出ではありますが、娘たちにハグされ試合前から涙するのでありました。フランスW杯で南アフリカに敗れた時も娘を抱きかかえて号泣していたアグスティン。悲しい時ばかりでないとはいえ、この娘たちほど父が涙する姿を目にする子供は世界広しといえども、そうはいまい。
プーマスからはいろんな人が参加していました。ゴンサロ・ロンゴさん、マルティン・ドゥランはもちろんのこと、フェルナンデス・ロッベ兄弟、レデズマ兄弟、トデスチーニ。
「ラグビーをしていてよかったなと思うのは、アグスティン・ピチョットと知り合いになれたこと」と、かっこよすぎるコメントをするロロさん。アグスティンとの最も心に残る想い出は、フランスW杯で南アフリカに敗れた時のこと。彼の抱擁に互いへの思いやりを強く感じたし、そういうところがアグスティンのアグスティンらしさと語るエルナンデス。もちろんレギ。ゴンサロ・ティエシは休暇の予定を変更して、この日をアグスティンと過ごし、アグスティンは「マヌエル(コンテポーミ)がそうしてくれるというなら分かるけど、ティエシとは特別親しいというわけではないからうれしいし、驚いた」とか言っちゃってます。アグスティンがこれまでの試合ごとにカピタンとして選手たちにかける言葉、”檄を飛ばす”というのが適しているのだろうけど、によく鳥肌が立ったというパト・アルバセテももちろんいましたが、脚を痛めているのでただ観戦。マヌエルはもちろんプレイしましたが、フェリペはもちろんリハビリ中につき観戦。でもESPNへ一筆寄せてます。
父の背中・・・歴史上最も優れたアルゼンチン人プレイヤーが、シューズを脱ぐ。”引退”という言葉は使いたくない。なぜなら、幸運にも彼はいつもそこにいるし、彼の偉大さはフィールドの中でなし得たことだけでなく、その外側で行ったこと、そしてこれからも続けられるであろうことに見いだせるから。彼がラグビーから遠ざかることなんてないだろうし、これまでとは違うところから活躍を見せてくれるに違いない。
それでも、彼がプレイするところをもう見ることができないという事実を悲しく思う。ただ、穏やかにこれを受け止めることはできる。アルゼンチンのラグビーは間違いなく彼次第なのだ。選手として常に偉大な存在であった人物が、シューズを脇へ置いた後も変わりなくこのスポーツとつながりを持つ、−彼の場合はUARとIRBと深く関わりあっている−ことは非常に価値あることだと思う。
願わくば、彼の名と功績を無にすることなく、ロス・プーマスができる限り早い段階でトップレベルの大会で定位置を確保できればと思う。彼自身がそれを最も願い、達成されるまでやむことなく前進することは疑う余地もない。誰の目にも触れないところで、アグスティンは非常に多くのことを成し遂げた。陽の目を見ないこともあったが、それでも投げ出すことはなかった。我々にとってそういう存在は、去ってしまう。
アグスティンは若い頃から戦い続けていた。彼のキャリアは見てのとおり、特に付け加えることもない。A代表でプレイできなかったという不利な状況にも関わらず、いつも自分自身を信じてきた。そして、世界でも有数のメディオ・スクラムとなる。彼と後数名の選手たちはロス・プーマスの特に重要な原動力となった。
歴史上なし得ただけでなくある哲学も記憶に残る。それがアルゼンチン代表とそのラグビー・プレイヤーたちを世界で名の知られる存在にした。それはアグスティンが僕らへ残してくれたものの中で何よりも大きなこと。いつも僕らのインスピレーションとなり、これからもそうあり続けるだろう。彼が短パン姿で僕らの横に立つことはもうないけれど、何も変わりはしないと思う。彼はそこに存在し続け、どこへも行きはしない。これからは別の場所から戦うのだろう。我々はいつまでもいつまでも彼に感謝する。彼が僕らに授けてくれたものとこれからそういう存在であることに。
ひっぱってます
ESPNにアップされた引退試合の様子。
デスペディーダ1
http://espndeportes.espn.go.com/videohub/video/clipDeportes?id=861052
デスペディーダ2
http://espndeportes.espn.go.com/videohub/video/clipDeportes?id=861053
Oleのインタ。ところどころ強い表現になっているような気がしつつも、それはそれとして。Oleだけど、嘘っぱちはないでしょう。(笑)
なぜ辞めることにしたのか、なんてこと考えてみた?
「いや、まだだ。うん。考えたりはしなかった。そんなことしたら、間違いなくいろんな想いに囚われることになったろう。人生でとても大切な何かを失って、もう二度と手に入れることができなくなったかのように。そんなことはそう頻繁にあっちゃいけないよ。自分の中で何かが終わったっていう気がしたんだ。ラグビーを80分間通してプレイしないなんて、あり得ない。そういうのは理解できない。ラグビーを始めた4歳の時からずっと当然だったことなのに・・・。へんだよね」
なぜもうプレイしないの?
「自然の流れかな。いままであったはずのエネルギーがなくなってしまった。辞める理由なんて考える必要はなかったよ。だって、もうとっくに終わっていたんだから」
だけどこれまでは何も断言してこなかったよね。引退って言葉はいつも避けてた。
「引退するっていうのはそうシンプルなことじゃない。自分の内面のことより外部の思惑が左右する。本人に引退する気がないのに、周囲は引退するのかしないのか知ろうとするからね。大きなケガをしたりすれば別の話だけど。僕はまだ走ることはできるし、21歳のころや2007年のようとはいえないけど、プレイすることだってできるよ。実際4月まではプレイしてた」
CASIは今年プレイして欲しいみたいだけど・・・
「僕にとっては、ラグビー選手の時代は終わったんだ。そういう決断の後で気が変わる人もいるだろうけど・・・、僕はそうじゃないと思う。もっとも、この先のことは分からないけどね。引退するかしないか・・・。もしまたプレイしたくなったら、マラドーナがそうだったように・・・、またプレイするかも。だから、友人たちが計画してくれた土曜の試合は、願望の表現といったところなんだ。この国でラグビーを楽しむということは僕に欠けていたことだ。友人たちとももう15年間も一緒にプレイしていない。だから、CASIのグラウンドで彼らと一緒に最後を迎えることにした。僕への別れというより、友情を共有するためのフィエスタみたいなものだった。確かにもうプレイしない。だけどそんなことはあの日にできたことに比べれば取るに足りないことだ」
シェラトンを拠点にしたりマラドーナが来たり、豪華だったね。
「僕がしてきたことを少しシェアしてもらったんだ。ある日国を去っていった友が、それまでとは違った生活をしていたってことを友人たちが理解できるように。どうしているのか?を知るのは僕の日常だったし、何かについて皆が知り合うのに、かなりの計画がされていた。豪華な合宿の詳細や適切な食事、モチベーションを高める試合前の話、グラウンドに出て行き、プレイを楽しむ。
ディエゴのことは驚きだったよ。彼の言葉には感激した。僕はアルゼンチンのファンの記憶に残り続けるんだから、引退することはないっていう・・・。本当のところ、このすべてはCamada74の友人たちのためだった。彼らは95年や2003年のW杯で辛かった時、リッチモンドに行って一人ぼっちだった時に僕を支えてくれた。だからあれは僕から彼らへの感謝と敬意の気持ちなんだ」
過去を振り返って何を思う?
「すいぶんと密度の高い道のり。とても大きな情熱と努力、そしてずいぶんといろいろなことをした。その道のりにはいつも家族と友人たちの無条件の支えがあった。だから、ここまで上手くやって来れたんだ。セブンスでの3位、W杯で初めて第2ラウンドに駒を進めることができたこと、プーマスとして初めてヨーロッパで勝利を収めたこと。2006年イギリスでのことは多くに影響した。あれが転機だったと思う。だけど、他にも多くのとても重要なことがあった。プーマスとしてチームとして団結して成しえたことが」
続く(だって長いんだもん)
デスペディーダ1
http://espndeportes.espn.go.com/videohub/video/clipDeportes?id=861052
デスペディーダ2
http://espndeportes.espn.go.com/videohub/video/clipDeportes?id=861053
Oleのインタ。ところどころ強い表現になっているような気がしつつも、それはそれとして。Oleだけど、嘘っぱちはないでしょう。(笑)
なぜ辞めることにしたのか、なんてこと考えてみた?
「いや、まだだ。うん。考えたりはしなかった。そんなことしたら、間違いなくいろんな想いに囚われることになったろう。人生でとても大切な何かを失って、もう二度と手に入れることができなくなったかのように。そんなことはそう頻繁にあっちゃいけないよ。自分の中で何かが終わったっていう気がしたんだ。ラグビーを80分間通してプレイしないなんて、あり得ない。そういうのは理解できない。ラグビーを始めた4歳の時からずっと当然だったことなのに・・・。へんだよね」
なぜもうプレイしないの?
「自然の流れかな。いままであったはずのエネルギーがなくなってしまった。辞める理由なんて考える必要はなかったよ。だって、もうとっくに終わっていたんだから」
だけどこれまでは何も断言してこなかったよね。引退って言葉はいつも避けてた。
「引退するっていうのはそうシンプルなことじゃない。自分の内面のことより外部の思惑が左右する。本人に引退する気がないのに、周囲は引退するのかしないのか知ろうとするからね。大きなケガをしたりすれば別の話だけど。僕はまだ走ることはできるし、21歳のころや2007年のようとはいえないけど、プレイすることだってできるよ。実際4月まではプレイしてた」
CASIは今年プレイして欲しいみたいだけど・・・
「僕にとっては、ラグビー選手の時代は終わったんだ。そういう決断の後で気が変わる人もいるだろうけど・・・、僕はそうじゃないと思う。もっとも、この先のことは分からないけどね。引退するかしないか・・・。もしまたプレイしたくなったら、マラドーナがそうだったように・・・、またプレイするかも。だから、友人たちが計画してくれた土曜の試合は、願望の表現といったところなんだ。この国でラグビーを楽しむということは僕に欠けていたことだ。友人たちとももう15年間も一緒にプレイしていない。だから、CASIのグラウンドで彼らと一緒に最後を迎えることにした。僕への別れというより、友情を共有するためのフィエスタみたいなものだった。確かにもうプレイしない。だけどそんなことはあの日にできたことに比べれば取るに足りないことだ」
シェラトンを拠点にしたりマラドーナが来たり、豪華だったね。
「僕がしてきたことを少しシェアしてもらったんだ。ある日国を去っていった友が、それまでとは違った生活をしていたってことを友人たちが理解できるように。どうしているのか?を知るのは僕の日常だったし、何かについて皆が知り合うのに、かなりの計画がされていた。豪華な合宿の詳細や適切な食事、モチベーションを高める試合前の話、グラウンドに出て行き、プレイを楽しむ。
ディエゴのことは驚きだったよ。彼の言葉には感激した。僕はアルゼンチンのファンの記憶に残り続けるんだから、引退することはないっていう・・・。本当のところ、このすべてはCamada74の友人たちのためだった。彼らは95年や2003年のW杯で辛かった時、リッチモンドに行って一人ぼっちだった時に僕を支えてくれた。だからあれは僕から彼らへの感謝と敬意の気持ちなんだ」
過去を振り返って何を思う?
「すいぶんと密度の高い道のり。とても大きな情熱と努力、そしてずいぶんといろいろなことをした。その道のりにはいつも家族と友人たちの無条件の支えがあった。だから、ここまで上手くやって来れたんだ。セブンスでの3位、W杯で初めて第2ラウンドに駒を進めることができたこと、プーマスとして初めてヨーロッパで勝利を収めたこと。2006年イギリスでのことは多くに影響した。あれが転機だったと思う。だけど、他にも多くのとても重要なことがあった。プーマスとしてチームとして団結して成しえたことが」
続く(だって長いんだもん)
売られたん・・・
相変わらずアグスティン周りを回遊しておったら、フアニ移籍のニュースがちらつき始め、やれトゥーロンだ、バイヨンヌだ、ラシンだ、でもまだどこになるか分からないってな話が出たと思ったら、数時間後には南アフリカで決まり、となった。
ナタール・シャークス。
・・・。
南半球には一度たりとも関心を持ったことがないので、全然分かりません。
フランスのラグビー界にとって、彼の移籍は損失だというけれど、昨シーズン不調だったフアン・マルティン・エルナンデスは突如として、スタッド・フランセにとって手放してもよい選手になってしまい、現金(かどうかはともかくとして)収入が必要だったクラブは、彼を手放した。
売られたんじゃー。
でもこれで、南アフリカのラグビーにも関心を持つことになりそうだし、フランス側の都合もよく分からないから、これはこれで、フアニの新たな門出を祝いたい。
フランスのメルカドシーズンは、これにて終了したとあるが、で、コルレト様はどうなったのかはまだ分かりません。やめちゃうんだろかな・・・。やっぱ。
ナタール・シャークス。
・・・。
南半球には一度たりとも関心を持ったことがないので、全然分かりません。
フランスのラグビー界にとって、彼の移籍は損失だというけれど、昨シーズン不調だったフアン・マルティン・エルナンデスは突如として、スタッド・フランセにとって手放してもよい選手になってしまい、現金(かどうかはともかくとして)収入が必要だったクラブは、彼を手放した。
売られたんじゃー。
でもこれで、南アフリカのラグビーにも関心を持つことになりそうだし、フランス側の都合もよく分からないから、これはこれで、フアニの新たな門出を祝いたい。
フランスのメルカドシーズンは、これにて終了したとあるが、で、コルレト様はどうなったのかはまだ分かりません。やめちゃうんだろかな・・・。やっぱ。
引退試合前のインタビュー
ワタシはアグスティンが好きだ。恋はしてないが愛している、と思う。
”リッパ過ぎる”と、煙たく思う向きもあろう。ワタシもリッパなヒトにいちいち感動する素直な人間ではないが、時々「このヒトの言動は、アメノヒモカゼノヒモ、全面的に肯定すること」に心ならずもなってしまう人物が現れる。自分の人生にヒーローがいるのはシアワセなことだと思う。
それはさておき、つまるところ”アルゼンチン”の”ラグビー界”には、これくらいの人物が必要だったし、まだこれからも必要だということなのだと思う。
うむ。
アグスティンへのインタもアグスティンのことを語る人のインタもいろいろ出ていて、きちんとまとめておきたいと思ったりしつつも、多すぎてだめなのでポッチラポッチラちょっとだけやろうと思ったりする。
あぁ・・・。なんだかなー、やっぱりちょっと寂しいなー。
マラドンのファンは、マラドンが引退するとき、やっぱりショックだったんだろかなぁ。
さて、試合前日のインタ。
こういうときにはお決まりの質問だけど、君のキャリアを通して一番悲しかったことと一番嬉しかったことは?
「一番悲しかったのは、間違いなく父の死だ。スポーツと人としての部分どちらにおいても。試合に負けたことなんかと比べられることじゃない。ただやり直せばいいこととはね。一番嬉しかったのは僕のクラブのプリメラ(一軍)デビュー。それまでの17年間はそのためにあったんだから。それから、いろんな意味で、トゥッケナムでイギリス代表を破ったこと。2007年フランスW杯。ロス・プーマスが素晴らしいチームだったこと」
これからの目標は?
「よい父親になること。いつも娘たちを優先してきたけど、ラグビーに多くの時間を割いてきた。2週間以上も会えないってことはなかったから、合宿に娘たちは連れて行けなかったからね。これからはもっと娘たちと一緒にいられる」
CASIへ戻るべきと感じないか?
「いや。CASI時代は納得いくように締めくくることができたから。目標を達成してさらに目指すもののために、別の世界を模索して、クラブを出て行くことになると分かっていたからね」
監督か役員、どちらになりそう?
「監督って感じじゃないね。訓練も受けてないし、そういう気もない。グラウンドの内側にもすごくこだわっていて、チームを”自分の”チームと感じてしまう。どちらかというと役員に近いと思う。だからどこにいてもプーマスをトライネーションズに参加させる話し合いばかりしているんだ。だけど、選手の感覚で仕事をするのは最も重要なことだね。役員の多くが、かつて選手だったことを忘れてしまっている。それにラグビーが可能な限りうわべだけのスポーツにならないよう戦い続けたい。ラグビーが偽善的で、URBAだけのもので、エリートや上流階級のスポーツだなんてことじゃ悲しすぎるから。ラグビーはもっと普通に身近なものであるべきだよ。ラグビーはあらゆる人々のものだと僕は思っている。そのためにキャリアの上でいろいろな問題に直面することになったけど」
これからの予定は?
「毎週土曜日はCASIのカンチャへ試合を見に来るつもり。難しいかもしれないけど、4ヶ月ほど様子を見よう。UARの方は、まだ時間が必要だし、自分の財団も続けるよ。このことはこれ以上話さないけど。8月に南アフリカへ行って大会のことを話してくる。変化のためにこれまで続けてきた話が止まってしまわないように。これが僕にとって大きなモチベーションなんだ」
君にとってラグビーとは?
「CASIのカンチャでこれからする試合そのもののようなこと。(インタビューは引退試合前のもの)
友人たち。僕の生き方。友情、忠誠。泣き、笑う。80分間のスポーツは僕にとって、もっとそれ以上の意味を持つ」
ラグビーから遠ざかる時が来ると思う?
「思わないよ。僕の信条や理想がとてつもなく厄介な困難に見舞われて、革命的なことが起きなければ。もしそうなれば僕は去る・・・。いや、戦うかも」
”リッパ過ぎる”と、煙たく思う向きもあろう。ワタシもリッパなヒトにいちいち感動する素直な人間ではないが、時々「このヒトの言動は、アメノヒモカゼノヒモ、全面的に肯定すること」に心ならずもなってしまう人物が現れる。自分の人生にヒーローがいるのはシアワセなことだと思う。
それはさておき、つまるところ”アルゼンチン”の”ラグビー界”には、これくらいの人物が必要だったし、まだこれからも必要だということなのだと思う。
うむ。
アグスティンへのインタもアグスティンのことを語る人のインタもいろいろ出ていて、きちんとまとめておきたいと思ったりしつつも、多すぎてだめなのでポッチラポッチラちょっとだけやろうと思ったりする。
あぁ・・・。なんだかなー、やっぱりちょっと寂しいなー。
マラドンのファンは、マラドンが引退するとき、やっぱりショックだったんだろかなぁ。
さて、試合前日のインタ。
こういうときにはお決まりの質問だけど、君のキャリアを通して一番悲しかったことと一番嬉しかったことは?
「一番悲しかったのは、間違いなく父の死だ。スポーツと人としての部分どちらにおいても。試合に負けたことなんかと比べられることじゃない。ただやり直せばいいこととはね。一番嬉しかったのは僕のクラブのプリメラ(一軍)デビュー。それまでの17年間はそのためにあったんだから。それから、いろんな意味で、トゥッケナムでイギリス代表を破ったこと。2007年フランスW杯。ロス・プーマスが素晴らしいチームだったこと」
これからの目標は?
「よい父親になること。いつも娘たちを優先してきたけど、ラグビーに多くの時間を割いてきた。2週間以上も会えないってことはなかったから、合宿に娘たちは連れて行けなかったからね。これからはもっと娘たちと一緒にいられる」
CASIへ戻るべきと感じないか?
「いや。CASI時代は納得いくように締めくくることができたから。目標を達成してさらに目指すもののために、別の世界を模索して、クラブを出て行くことになると分かっていたからね」
監督か役員、どちらになりそう?
「監督って感じじゃないね。訓練も受けてないし、そういう気もない。グラウンドの内側にもすごくこだわっていて、チームを”自分の”チームと感じてしまう。どちらかというと役員に近いと思う。だからどこにいてもプーマスをトライネーションズに参加させる話し合いばかりしているんだ。だけど、選手の感覚で仕事をするのは最も重要なことだね。役員の多くが、かつて選手だったことを忘れてしまっている。それにラグビーが可能な限りうわべだけのスポーツにならないよう戦い続けたい。ラグビーが偽善的で、URBAだけのもので、エリートや上流階級のスポーツだなんてことじゃ悲しすぎるから。ラグビーはもっと普通に身近なものであるべきだよ。ラグビーはあらゆる人々のものだと僕は思っている。そのためにキャリアの上でいろいろな問題に直面することになったけど」
これからの予定は?
「毎週土曜日はCASIのカンチャへ試合を見に来るつもり。難しいかもしれないけど、4ヶ月ほど様子を見よう。UARの方は、まだ時間が必要だし、自分の財団も続けるよ。このことはこれ以上話さないけど。8月に南アフリカへ行って大会のことを話してくる。変化のためにこれまで続けてきた話が止まってしまわないように。これが僕にとって大きなモチベーションなんだ」
君にとってラグビーとは?
「CASIのカンチャでこれからする試合そのもののようなこと。(インタビューは引退試合前のもの)
友人たち。僕の生き方。友情、忠誠。泣き、笑う。80分間のスポーツは僕にとって、もっとそれ以上の意味を持つ」
ラグビーから遠ざかる時が来ると思う?
「思わないよ。僕の信条や理想がとてつもなく厄介な困難に見舞われて、革命的なことが起きなければ。もしそうなれば僕は去る・・・。いや、戦うかも」
みんな 9
CASI時代からの仲間とロス・プーマスの戦友たちと楽しむラグビー @ CASIのカンチャ
”おまえは永久に引退しないんだよ。俺みたいにな、アルゼンチンのインチャすべての魂の中にい続けるんだ” by ディエゴ・マラドーナ
”おまえは永久に引退しないんだよ。俺みたいにな、アルゼンチンのインチャすべての魂の中にい続けるんだ” by ディエゴ・マラドーナ

